初節分、初めての花火、生後2か月——豚まん小僧の世界が“外”へ広がった

どうも、非オタ旦那です。

先週、2歳の豚まん小僧が恵方巻きにかぶりついていた。
我が家の節分の風物詩や、と思いつつ、ふと「こいつの初めての節分って、本人はただ寝てるだけやったよな」と思い出した。

そこから芋づる式に、初めての花火も、生後2か月のピクニックも、健診で言われたことも、ぜんぶ2024年の2月やったなと思い出してきた。

ということで、今日は 2024年2月——豚まん小僧の世界が、家の中から少しずつ“外”へ広がっていった一か月 の話。

月の始まりは自分が倒れて、ほぼ家の中だけで完結する世界。
そこから一つずつ“初めて”を重ねていって、月の後半には花火、浅草、ピクニック、健診、梅——気づいたらだいぶ遠くまで一緒に行ってた、そんな一か月。

目次

自分が倒れた日と、ひよこクラブ風の写真

ひよこクラブ風の表紙に加工した豚まん小僧の写真
ひよこクラブ風の表紙。可愛すぎて癒された

2月に入ってすぐ、自分が体調を崩してしまった。

たしか病院にも行ったりして、かなりしんどかった気がする。
幸い熱はそこまで長引かず、比較的すぐに下がってくれた。

ただ、自分のしんどさよりも、「豚まん小僧にうつらなくて良かった」という気持ちのほうがずっと大きかった。
まだ本当に小さい時期だったから、自分が倒れることより、そっちのほうがよっぽど心配だった。

そんな中でも、嫁は相変わらず“楽しいことを見つける天才”みたいな感じで、いろんなことをしていた。

その一つが、「ひよこクラブ」の表紙風の画像を作れるやつ。
たぶんアプリかWeb上のサービスやったと思うけど、豚まん小僧の写真を使って、雑誌の表紙みたいに加工できるもので、それを楽しそうに作っていた。

出来上がった写真がめちゃくちゃ可愛くて、かなり癒された。
仕事や体調不良でバタバタしていた時期だったけど、そういう写真を一枚見るだけで、一気に疲れが和らぐ感じがあった。

この時点では、世界の半径はほぼ家の中。
それでも、家の中だけで十分楽しめてしまうくらい、嫁の“楽しむ才能”に助けられていた気がする。

初めての節分、黒白タオルで海苔巻き

黒白タオルで海苔巻き風にした節分の記念写真
初めての節分。黒白タオルで海苔巻き風

豚まん小僧にとって初めての節分。

その頃住んでいた家のすぐ近くに神社があったので、みんなで行ってみた。

大阪にいた頃はあまり記憶になかったけど、東京というか関東の風習なのか、神社の境内でお菓子撒きをしていた。
神社の人たちや、たぶん町内会の人たちもいたのかな。いろんな人がお菓子をバーッと撒いていて、それをみんなで拾っていく。

自分たちもいくつか拾って、「これ豚まん小僧のやで」って持たせたりして、なんだかすごく“節分してる感”があった。

もちろん、豚まん小僧はまだ恵方巻きは食べられないので、食べたのは自分と嫁だけ。
でも、そのあとがかなり楽しかった。

黒いタオルと白いタオルで豚まん小僧をくるんで、海苔巻きみたいにして節分写真を撮影。
これがめちゃくちゃ可愛くて、かなり満足度の高い一枚が撮れた。

季節のイベントを、全部ちゃんと“豚まん小僧仕様”にして楽しんでいた気がする。
大変なことも多かったけど、やっぱり楽しかったな、と思う。

生後50日のお祝いと、初めてのマイナンバーカード

生後50日のお祝い
生後50日。小さな節目もちゃんとお祝い

この頃は、豚まん小僧の生後50日のお祝いをしていた。

といっても、すごく大掛かりなことをしたわけではなくて、みんなでケーキを食べたりするくらい。
それでも、そういう小さい節目もちゃんと大事にしていた気がする。

生まれてからまだ50日しか経っていないのに、毎日が濃すぎて、もうずいぶん長く一緒にいるような感覚になっていた。

そしてこの頃、豚まん小僧のマイナンバーカードも届いた。

豚まん小僧のマイナンバーカード
初めての“顔写真付き身分証”

初めての“顔写真付き身分証”。
もちろんまだ赤ちゃんなんやけど、それを見た時に、「ちゃんと一人の人間として存在してるんやな」みたいな感覚があって、不思議と嬉しかった。

小さい顔写真が入っているだけでも、なんだか特別感がある。

こういう一つ一つの出来事で、「家族が増えたんやな」っていう実感が、少しずつ積み重なっていった頃だった。

スワドル、お腹の上のねんね、姪っ子からのお手紙

お腹の上でまったりする豚まん小僧
お腹の上でまったりタイム

この頃も豚まん小僧は毎日のように少しずつ成長していて、「また昨日と違うな」と感じることが多かった。

その中でも特に印象に残っているのが、友達にもらった“スワドル”。

赤ちゃん用のパジャマみたいなやつなんやけど、これがかなり効果を感じていた。
スワドルを着せると、本当にびっくりするくらいよく寝る。
「こんなに変わるんや」って思うくらい、ねんねが安定していた気がする。

この頃は、豚まん小僧を抱っこしたまま、自分のお腹の上で寝かせて、そのまま一緒にうとうとする時間も多かった。

小さい体の重みとか、寝息とか、温かさとか。
あの時間はかなり幸せだった気がする。

ただ、ずっとそのまま一緒に寝るのは危ないとも聞いていたので、できるだけ、寝たなと思ったらベビーベッドへ移動させるようにしていた。
もちろん、移動した瞬間に起きてしまうことも結構あった。
それでも、「起こさずにベッドへ運べたら勝ち」みたいな感じで、毎日そっとチャレンジしていた気がする。

そんなねんね期の合間に、姪っ子から豚まん小僧宛にお手紙が届いた。

それがすごく嬉しくて、「じゃあ、豚まん小僧からも返事してる風にしよう」っていう流れになった。
もちろん、まだ自分では書けないので、豚まん小僧が一生懸命お返事を書いている“風”の動画を撮影。

嫁と二人で、「どの角度が可愛いか」「この表情いいな」とか言いながら、いろんな角度から撮影。
途中からは、どっちがより可愛く撮れるかみたいな勝負になっていた気がする。
ちょっと手を動かしただけでも、「今めっちゃ書いてるっぽい!」とか言って盛り上がっていた。

今思うと、本当に平和な時間やった。
特別なイベントではないけど、こういう何気ない遊びみたいな時間が、この頃はすごく楽しかった。

ミラコスタで見た、初めての花火

ホテルミラコスタから見た初めての花火
ミラコスタから見た、初めての花火

ここまで完全に“家の中の世界”やったんやけど、ある日の夜、初めて豚まん小僧を連れてミラコスタへ行った。

といっても、パークに入ったわけではなくて、ミラコスタのあたりから夜の花火だけを見る感じ。
それでも、自分たちにとってはかなり特別な時間だった気がする。

「これが豚まん小僧にとって初めての花火なんやな」と思いながら見ていた。

もちろん、まだ本人はちゃんと理解していないと思う。
でも、それでも“初めて一緒に見た景色”として、ちゃんと記憶に残っている。

ミラコスタの夜の空気感も相まって、なんだか少し感慨深かった。
記念すべき“初デビュー”と言っていいのかは分からないけど、豚まん小僧と一緒に見る初めての花火は、すごくいい時間だった。

ここから、急に世界が“外”へ広がり始めた気がする。

浅草で食べ歩き、家族で外出

翌日くらいから、少しずつ外に出る回数も増えてきた。

この日は浅草へ。
雷門のある浅草寺まで行って、豚まん小僧と一緒に写真を撮ったりしていた。

まだ小さいので本人はもちろん何も分かっていないと思うけど、「一緒にいろんな場所へ行ってる」っていう感覚が、すごく嬉しかった気がする。

浅草のあの独特な賑やかな空気も楽しくて、仲見世のあたりでちょこちょこ買い食いしながら過ごしていた。
食べ歩きしながら、「次はこれ食べよう」とか話している時間も、なんだか平和だった。

少しずつ、“赤ちゃんがいる生活”の中で外出することにも慣れてきて、家族で出かける楽しさみたいなものを感じ始めていた頃だった気がする。

生後2か月と、お父さんと二人のピクニック

豚まん小僧と嫁と三人でミラコスタへ。

嫁にとっては、出産後初めてくらいのシルクロードガーデンでのランチだったと思う。

ただこの頃は、「豚まん小僧を人混みに長時間連れて行くのは、もう少し様子を見ようか」という感じだったので、ミラコスタに着いてからは、嫁だけランチへ。
その間、自分は豚まん小僧と二人で過ごすことになった。

浦安のイオンへ行って、サンドイッチやパンを買って。
もちろん豚まん小僧はまだミルクやったけど、自分だけ軽くご飯を準備して、そのままミラコスタ近くの浦安運動公園へ向かった。

公園でちょっとピクニックみたいにしながら、豚まん小僧と二人でのんびり過ごす。
なんとなく、“お父さんと初めての二人旅”みたいな感じがして、かなり楽しかった気がする。

そしてこの日は、豚まん小僧がちょうど生後2か月の日でもあった。
だから、公園でピクニックしながら、生後2か月記念の動画や写真もたくさん撮った。
「この表情かわいい」「今の動きいいな」とか言いながら、一生懸命撮影していた気がする。

でも、その時にすごく実感したことがあった。

おむつを替えようと思った時に、全然おむつ交換台が見つからない。
自分が入れるトイレ側で探していたけど、交換台がなかったり、誰でも使えるトイレみたいなのも見つからなかったりで、かなり苦戦した。
公園の中をぐるぐる歩き回って、なんとか場所を探していた記憶がある。

その時、「世の中のパパって、こういうところ結構大変なんやな」とかなり思った。
今まで気づかなかったけど、実際に自分が一人で子どもを連れて出かけるようになると、見える景色が結構変わるんやなと感じた日だった。

“外”の世界が広がるって、楽しさだけじゃなくて、こういう気づきとセットなんやなと思った。

ちなみに写真は嫁にドヤるために可愛い動画を撮ってた時。ぱっと見よくわからんと思うけど、ちゃんと痛くないようにクッションとか汚れないようにシートを下に敷いてます。笑

浦安運動公園でのピクニック、生後2か月
生後2か月、浦安運動公園でピクニック

2か月健診と、頭の形のこと

そのあと、豚まん小僧の2か月健診へ行った。

体重や身長を測ってもらったり、いろいろ診てもらった結果、「ちゃんと順調に成長してますね」と言ってもらえて、かなり安心したのを覚えている。

ただ、出産時に吸引分娩だったこともあって、頭の形については少し指摘を受けた。
「少し形が気になるかもしれないですね」とは言われたけど、すぐに何かしないといけないレベルではなかったので、とりあえず様子を見ることになった。

ヘルメット治療みたいな選択肢もあるとは聞いたけど、まだ小さい時期にずっとヘルメットを付けるのも、なんだかかわいそうな気がしてしまって。
もちろん、必要ならちゃんと考えないといけないとは思っていたけど、この時点ではまず経過を見ようという感じだった。

ここまでの楽しい外出ラッシュの最後に、ちょっとだけ親として考え込む時間が来た感じやった。

そしてこの頃、家の近所に住んでいた友達の子どもとも初めて会った。
豚まん小僧より4か月くらいお兄ちゃんの子。

実際に会ってみると、かなり人見知りするタイプだったみたいで、いっぱい泣いていたのを覚えている。
でも、そうやって子ども同士を会わせながら、大人たちも一緒に話している空気感が、なんだかすごく良かった。

「家族ぐるみの付き合い」みたいなものが少しずつ増えていく感じがして、こういう時間もいいなと思った頃だった。

嫁の実家へ、そして偕楽園の梅で締める2月

偕楽園の梅
偕楽園の梅で締めくくる2月

月の終わりが近づいてきた頃は、「今しか撮れない写真をいっぱい残したい」っていう気持ちがかなり強かった気がする。
日々ちょっとずつ変わっていく豚まん小僧の表情を、できるだけたくさん残しておきたかった。

そしてこの頃も、できるだけおじいちゃんおばあちゃんに会わせてあげたいと思っていたので、豚まん小僧と三人で嫁の実家へ帰ったりもしていた。
みんなで一緒に過ごして、抱っこしたり遊んだりしている時間は、やっぱりすごく嬉しそうだった。

その時、近くの偕楽園にも行った。
梅の写真を撮ったり、植物園みたいな場所でバナナの木を見たり。

まだ豚まん小僧本人は何も分かっていないと思うけど、それでも「いろんな景色を見せてあげたい」っていう気持ちがずっとあった。
だから、この頃は本当にいろんな場所へ一緒に行っていた気がする。

もちろん大人の自己満足な部分もあったと思う。
でも、「一緒に見た景色」として、少しでも残っていけばいいなと思っていた。

月の始まりは自分が倒れて家の中だけの世界やったのに、月の終わりには梅まで一緒に見に行っていた。
そう考えると、たった一か月でずいぶん遠くまで来たんやなと思う。

おわりに

自分が倒れて、ほぼ家の中だけで完結していた2月の前半。
そこから初節分、生後50日、スワドルでねんね期を一緒に楽しんで、姪っ子のお手紙にお返事動画まで撮って。

後半は、初めての花火、浅草の食べ歩き、生後2か月のピクニック、2か月健診、偕楽園の梅まで——気づいたら世界がどんどん“外”へ広がっていた。

一人で子どもを連れて出かけて初めて気づくこともあったし、健診で頭の形のことを言われて、ちょっと考え込んだりもした。
それでも、家の中だけの世界から、こうやって少しずつ外の景色を一緒に見られるようになったのが、すごく嬉しかった。

このあとの3月は、もう少しちゃんと“外の世界”が日常になっていく月になる気がしている。

この頃からずっと嫁抜きでも外に出て遊べる時は遊んでたから、今も自然に遊べるんかなって思う。

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