入院中のあれこれと、名前が決まった日。命名書、初面会、出生届

どうも、非オタ旦那です。

豚まん小僧、もう自分の名前を漢字で書こうとし始めてる(ほぼ謎の記号やけど)。
ふと、命名書を眺めながら「これ書いてもろたの、まだあいつ生まれて何日かやったな」と思ったので、今日はそのへんの話を。

ということで、今日は 息子が生まれてからの1週間——豚まん小僧と嫁が入院していた間の記録 の話。

書き出してみたら、命名書届く、両親初面会、出生届、ハリポタコスプレ……と、よくこれ6日間に詰め込んだなと自分で笑ってしまうレベルで色々あった一週間。
細かい順番がもう曖昧なところもあるんやけど、覚えてる範囲で書く。

目次

はじめに

2023年12月18日の夜、ぎりぎり日付が変わる30秒前に、豚まん小僧は生まれた。

そこから1週間ほどは、嫁と豚まん小僧は入院中。
僕はちょうど仕事も休みに入っていて、毎日のように病院へ通っていた。

この6日間は、振り返ってみると本当にいろんなことが詰まっていた一週間だった。
名前が決まって、命名書が届いて、両親が初面会して、出生届を出しに行って、ハリポタの杖と写真を撮って——書き出してみるとちょっと笑ってしまうくらい盛りだくさんだった。

まだ「名前のない子」だった頃

生まれてすぐは、まだ名前も正式には決まっていなかった。

最後の最後まで候補を二つに絞っていたんだけど、なんとなく僕の中では「最後に名前を決めるのは、お父さんよりお母さんかな」という気持ちがあった。
だから、「ギリギリまで悩んでいいよ」と嫁に伝えて、最終的に決めてもらうことにした。

そして、たしか21日くらいだったと思う。
ようやく名前が決まった。

名前が決まった瞬間、それまでなんとなくぼんやりしていた“この子”の輪郭が、急に一気にはっきりした感じがした。
名前って、そういう力があるんだなとちょっと驚いた瞬間だった。

命名書は、嫁のお父さんが筆で書いてくれることになっていて、お願いするとすごくかっこよく仕上げてくれた。
ちゃんと名前が形になっていく感じがして、見ていてとても嬉しかった。

その頃、僕は仕事が落ち着いていたこともあって、病室でテレワークしながら本当に毎日のように病院へ通っていた。
昼頃から夜8時くらいまで、ずっと一緒にいた気がする。

まだ豚まん小僧は本当に小さくて、抱っこするのも、おむつを替えるのも、服を着替えさせるのも、とにかく全部慎重だった。
抱っこした瞬間、「力を入れすぎたらあかん」と自然と思ってしまうくらい、新生児特有の繊細さがあった。

ただ、骨格自体はわりとしっかりしていた気がする。

泣き声も、この頃は毎日のように変わっていた。
当時は「めっちゃ大きい声で泣いてるな」と思っていたけど、いま思い返すと、まだまだ小さくて可愛い声だった。

生まれて1日、2日、3日と経つだけで、声も表情も少しずつ変わっていく。
「こんな短期間でも、ちゃんと成長してるんやな」と、毎日のように感じていた。

命名書が届いて、両親が初めて会いに来た日

この日は、嫁のお父さんが書いてくれた命名書が家に届いた。

筆で書かれた文字が本当にかっこよくて、「ちゃんと名前がついたんやな」と改めて実感した一日だった。
紙の上に名前がある、というだけで、なんだか不思議と背筋が伸びるような気がした。

そのあと、病院へ面会に行く。

この日は、うちのおかんとおとんも一緒だった。
たしか、二人とも豚まん小僧との初めての面会だったと思う。

おかんはもう終始ニコニコで、ずっと豚まん小僧を抱っこしていた。
逆におとんは、なぜか頑なに抱っこしようとしなくて、その対比がかなり面白かった。

「いや、抱っこしないの?」と聞いても、なんかちょっと照れ臭そうにしていた気がする。
でも、二人とも本当に嬉しそうにしていたのは、ちゃんと伝わってきた。

嫁はまだ体力を使い切ったような状態で、正直かなりしんどそうではあったけど、それでも一生懸命頑張っていた。
こういう時、本当に嫁には頭が上がらないなと思う。

その後、僕だけ一旦仕事へ戻ることになって、おとんとおかんはそのまま病院に残ってもらった。

——で、あとからめちゃくちゃ怒られた。

「初面会の日に旦那が仕事行くんかい」みたいなことだったと思う。
今思えば、確かにそう。

ごめんなさい。

命名書を持って、初めての三人写真

この日は朝から仕事の現場へ。
終わったあと、そのまま病院へ向かった。

前日に届いた命名書を持って行って、ようやく「ちゃんと名前がある状態」で写真を撮ることができた。

豚まん小僧の足形を取ってもらったり、命名書と一緒に三人で写真を撮ったり。
まだ入院中ではあったけど、少しずつ“家族になった実感”みたいなものが増えてきていた感じがする。

足も本当に小さくて、「こんなサイズなんや」と驚いたのを覚えている。
嫁と手探りでスタンプ台に足を押し付けて、確か何度か失敗して予備で買っていたものも使った気がする。笑

あと、この日は嫁に、出産祝いのちょっとしたサプライズもした。
選んだのは Van Cleef & Arpels のアルハンブラペンダント。
まだ現物は用意できていなかったので、手書きのカードに「出産祝いはこれにしよう」と書いて種明かし。豚まん小僧の横にカードを並べて写真も撮った。
(実際にお店へ買いに行ったのは、もう少し後日、三人で一緒に。)

嫁は入院中で体力も限界に近かったから、普段よりはちょっと控えめなリアクションだったけど、それでもちゃんと嬉しそうにしてくれていたのが伝わってきて、こちらまでほっとした瞬間だった。

慌ただしい一日ではあったけど、写真もたくさん残せて、振り返るとかなり楽しい日だった。

出生届で2時間待ちのクリスマス

この日は朝から、うちのおかんと二人で、豚まん小僧の出生届を出しに役所へ。

全然意識していなかったんだけど、この日はクリスマス。
どうやら婚姻届を出しに来る人がかなり多かったみたいで、役所はびっくりするくらい混んでいた。

たしか2時間近く待った気がする。

「クリスマスに婚姻届」って、そういう人がこんなにいるんやな、と妙に感心した。
そしてその真横で、こちらは出生届を握りしめてひたすら順番待ち。

なんだか不思議な光景だった。

無事に出生届を提出して、そのあとはおかんを駅まで送った。
ここ数日は本当に助けてもらった気がする。

その後はまた病院へ戻る。

この日は、ハリー・ポッターの杖やマフラーを病院に持って行っていた。
豚まん小僧をグリフィンドールっぽいマフラーでくるんだり、僕のメガネをかけさせたりして、いろんな写真を撮っていた。

まだ本当に小さいのに、そういう格好をさせると妙に様になっていて、かなり可愛かった。
完全に親バカ全開の写真フォルダがどんどん増えていく。

ただ、この日はクリスマスということもあって、僕には最後の仕事が残っていた。
途中で病院を抜けて、そのまま仕事へ。

その日のうちに仕事関係を全部片付けて、翌日の退院に向けた準備も進めていた。

忙しい一日ではあったけど、「いよいよ家に帰ってくるんやな」という実感が少しずつ湧いてきた日でもあった。

おわりに

書きながら改めて思うけど、入院中のこの6日間は、本当にいろんなことが詰まっていた。

名前が決まって、命名書が届いて、両親が初めて会いに来てくれて、出生届を出しに行って、クリスマスにハリポタの写真を撮って——一つ一つは小さいことかもしれないけど、その全部が「家族になっていく過程」だった気がする。

豚まん小僧自身も、毎日少しずつ顔つきや声が変わっていって、それを毎日横で見ていられたのは、本当に贅沢な時間だった。

そして翌日、12月26日。
いよいよ退院。

ここから、家での“三人暮らし”が始まっていく。

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