どうも、非オタ旦那です。
気づいたら、息子(豚まん小僧)が生まれてから、もう2年半が経ってる。
2歳児になった豚まん小僧が、こないだ嫁とおもちゃの取り合いで本気で泣いてるのを見て、ふと「こいつ、生まれたばっかりの頃はあんなにちっちゃかったのにな」と思った。
ということで、今日はそろそろちゃんと書き残しておきたかった、息子が生まれた日の話。
書こうと思ったときに書いとかないと、たぶんあと10年も経ったら、細かいところはどんどん抜けていく。
正直、今でも順番が怪しいところはある。ただ、あの「日付が変わる30秒前」の感覚だけは、なぜかやけにクッキリ残っているので、覚えてる範囲で書いてみる。
はじめに
2023年12月18日。
息子の出産予定日だった。
それまでの数日は、仕事がかなり忙しくて、ほとんど家にもいられない状況。
その間は、嫁のお母さんに来てもらって、家のことや嫁のことを助けてもらっていた(ほんとに頭が上がらない)。
ようやく仕事が一段落して、この日は嫁のお母さんを空港まで送りに行くことになっていた。
——まさか、その日のうちに息子が生まれることになるとは、その時はまったく思っていなかった。
羽田空港で、「あれ?」
嫁のお母さんを見送ったあと、嫁と二人で羽田空港のなかを散歩していた。
すると途中で、嫁が「あれ?」という感じになった。
陣痛らしい感覚はまったくない。
最初は半信半疑だったけど、どうやら破水かもしれない、となった瞬間に、空気が一気に変わった。
嫁には座って待っていてもらって、僕は慌てて空港のなかの薬局へ走った。
薬局のおばちゃんに夜用の生理用品みたいなものを聞いて、とにかく必要そうなものを握りしめて戻る。

そこから産院に電話して、そのまま病院へ向かった。
あらかじめ準備しておいた入院セットを家に取りに帰って、急いでもう一度産院へ。

車内では、二人とも内心バクバクだったけど、なんとか落ち着きを取り戻すために、一旦”余裕ぶった顔”で自撮りを撮った。嫁はピースして笑顔、僕はカメラを構えて笑顔。「破水したけど陣痛も来てないし、まだ大丈夫」——本当はそんな確信なんて全然なかったけど、写真の中だけでも余裕そうに振る舞ってみた。

病室はすごく綺麗な個室で、最初はまだ少し落ち着いた空気だった。
それでも夕方頃から、徐々に陣痛らしい痛みが強くなってきて、夜ご飯もほとんど食べられないくらいになっていた。

夜8時頃、「旦那さんはここまでで」と言われ、いったん家に帰る。
次に連絡が来るときは、いよいよ出産かなあ。
そう思いながら、晩ご飯を準備していた。
「来て」——夜9時半の電話
夜9時半頃、嫁から電話があった。
出ると、一言だけ。
「来て」
それだけ言って、電話が切れた。
大慌てで車を走らせて、病院に向かう。
着いて嫁のところへ行くと、分娩室は真っ暗だった。
血圧を少しでも上げないようにするためなのか、照明は極力落とされていて、モニターの光にまでタオルがかけられていた。
嫁の目元にもタオルが乗せられていて、その光景を見ても、正直その時はまだ現実感がなかった。
そのあと、先生に呼ばれて説明を受けた。
妊娠高血圧の関係で、場合によっては帝王切開になるかもしれないこと。
そして、近くの大学病院に転院することになったこと。
話を聞いているうちに、少しずつ現実感が押し寄せてきた。
救急車と、待合室の時間
嫁はそのまま救急車で大学病院へ搬送された。
僕は大急ぎで車を運転してたから救急車よりも早く病院に着いてしまったけど、病院内のどこにいったらいいか分からなかった。
守衛さんに事情を説明している間に、ちょうど救急車も到着した。
待合室で待っている時間は、本当に落ち着かなかった。
大学病院だからか、いろんな赤ちゃんの泣き声があちこちから聞こえてくる。
そのたびに「今のは…?」と反応してしまうのを、何度も繰り返していた。
そのあと先生から、帝王切開になった場合のリスクや、輸血の説明を受けた。
代理サインを書こうとしたんだけど、かなりパニックになっていて、焦りすぎて嫁の名前すらうまく書けなかった。
そんな中、先生に電話が入る。
「生まれそうです、行きます」
空気がまた一気に動いた。
23時59分30秒、産声
分娩室の中には入れなくて、外で待つことしかできなかった。
それでも、奥のほうから声や慌ただしい音が聞こえてくる。
しばらくすると、小さな泣き声が聞こえた。
「え、今の…うちの子の産声?」
そう思った直後、先生が出てきて、
「無事、生まれました」
と言ってくれた。
あの瞬間の感覚は、いま思い返しても忘れられない。
安心と、嬉しさと、緊張が、全部一気に抜けたような感じだった。
あとで聞いたら、生まれた時間は12月18日、23時59分30秒。
日付が変わる、たった30秒前だったらしい。
本当にギリギリだったけど、とにかく、無事に生まれてきてくれて良かった。

翌日:「あ、俺の子なんやな」
無事に生まれてからは、看護師さんたちが「大きいね」「頑張ったね」と声をかけながら、身長や体重、頭囲や胸囲を測ってくれていた。
その時点では、まだ名前は決まっていなかった。
僕はずっと横でその様子を見ていたけど、いまでもすごく覚えているのが、息子の手や足、指の形だった。
こんなに小さいのに、ちゃんと“僕の子ども”の形をしている。
その時に初めて強く、「あ、俺の子なんやな」と実感した気がする。

出産自体の時間だけで見ると、たぶん5〜6時間くらい。
ギリギリまで帝王切開の可能性もありながら、最終的には会陰切開と吸引分娩での出産になった。
そのあとの処置にもかなり時間がかかっていて、嫁が分娩室から出てくるまで、体感では1時間くらいあった気がする。
縫合だったり、いろんな処置をしてくれていたんだと思う。
ようやく嫁が出てきたとき、第一声が、
「水」
だった。
たぶん血圧を少しでも上げないようにするため、刺激を避ける意味で、水も自由には飲めなかったんやと思う。
その一言を聞いて、「ほんまに大変やったんやな」と改めて実感した。
とりあえず三人で写真を撮って、そのあと嫁と息子はそのまま入院。
僕はいったん家に帰ることになった。

初めてのミルクと、初めてのおむつ
もともとは、最初の個室の産院で出産する予定だった。
それが結果的に大学病院での出産になったことで、面会時間がかなり柔軟だったのは、僕としては正直ありがたかった。
翌日は、昼頃から夜8時頃まで、ずっと一緒にいることができた。

初めてミルクをあげたり、初めておむつを替えたり。
看護師さんに教えてもらいながら、ひとつずつやっていく。
生まれたばかりだから、息子もまだミルクを飲むのが下手。
もちろん僕も初めてだから、飲ませるのも下手。
それでも、一生懸命ミルクを飲もうとしている姿が、本当に可愛かった。
たぶんこの日から、僕の生活が完全に変わり始めたんやと思う。
おわりに
書きながらあらためて思うけど、出産当日って、本当に色々なことが立て続けに起きる。
朝、嫁のお母さんを空港まで送って、夕方には個室で陣痛が始まって、夜には救急車で大学病院に搬送されて、そして日付が変わる30秒前に生まれた。
その間ずっと、僕にできることはほとんどなかった気がする。
それでも、嫁が頑張ってくれた結果として、無事に息子が生まれてきてくれた。
23時59分30秒。
あの“30秒前”の重みは、たぶん一生忘れない。
ここから始まる、息子(このブログでは「豚まん小僧」と呼ぶことにする)と嫁との新しい生活。
このブログにも、ディズニーの話と一緒に、家族のことも少しずつ残していけたらと思う。